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ヘンリイ五世 Henry V ![]() ![]() ![]() 1945年 イギリス 137分 ローレンス・オリヴィエ監督・主演 ロバート・ニュートン レスリー・バンクス レネ・アシャーソン エズモンド・ナイト レオ・ゲン ラルフ・トラマン ハーコート・ウィリアムズ アイヴィ・セントヘリアー アーネスト・アイルマー ロバート・ヘルプマン フリーダ・ジャクソン ジミー・ハンリー ジョン・ローリー
ヘンリー五世 Henry V 言わずと知れたシェイクスピアもの。小田島雄志訳(白水Uブックス)版の渡辺喜之の解説をまず引用する。「『ヘンリー五世』の創作、初演は、1599年春と推定されている。その根拠となるのは、第5幕で説明役の語る次のくだりである。(引用省略)ここで言及されていると思われる「われらの将軍」ことエセックス伯ロバート・デブルーが、タイローンの反乱を治めるべく、アイルランド征討に向け、ロンドンを出発したのは、99年3月27日のことである。この日、その模様をただ一目見んと群がった市民の大歓呼は後世の語り草となるものであった。ところが、期待は見事に裏切られ、エセックス伯は敗北を喫し、同年9月28日に、不名誉な帰国をすることになる。アイルランド征討は、前年11月頃から準備が進められていたが、3月の出発後、真夏に近づく頃は既に「凱旋」が望めぬことは明らかになっていた。したがって、この芝居が書き終えられ、初演されたのは出発後間もなくであったと思われる。」これはエリザベス1世の時代の話。既にヘンリー8世が1541年からアイルランド王を名乗っていたが、アイルランドとの関係は険悪の極みだった。芝居の方に戻ると、登場人物中、騎士フルーエリンがウェールズ人、騎士ジェイミーがスコットランド人、騎士マクモリスがアイルランド人なので、小田島の訳文もものすごい訛になっている。特にオリヴィエの映画は誰がどの国の騎士・兵かひと目でわかるように、シンボルや色分けを多用しているので、スコットランド人は胸にアザミの、アイルランド人はシャムロック(三葉のクローバー)のアップリケを付けて登場する。そしてウェールズ人とスコットランド人は仲が良く、一緒になってアイルランド人を馬鹿にする。「あんたの国の人たちにもそうおおじぇいはいないと思うが--」「おれの国の人たち!わがアイルランドずん(人)がなんだと言いたいのだ?」(小田島訳より)といった調子。それを胸に赤バラを付けたイングランド人の騎士ガワーが仲裁する。アイルランドという「国」など存在しないことをふまえてのシェイクスピアの悪ふざけだ。オリヴィエ版のこのアップリケは見ていて滑稽だが、ケネス・ブラナー版ではもう少し上品に、マクモリスはタータン・チェックのプラッドを着用して登場する。北アイルランド・ベルファストのプロテスタントの労働者階級出身のブラナーの映画監督デビュー作。誠実さが伝わるが少し才走った感じもする。オリヴィエは役者が一枚どころか十枚ぐらい上だ。ロンドン爆撃の苦難の中から生まれた戦意高揚映画で、今見ても、不覚にも血湧き肉躍ってしまう。1415年アジンコート(アジャンクール)の戦で英国がフランスに勝利した時の歌「Deo gratias Anglia」(イングランドよ、神に感謝せよ)は当時実際に歌われたラテン語と中世英語の混じった歌で、オリヴィエ版で使用されている。ブラナー版の「我らに帰するなかれ」はブラナーの盟友パトリック・ドイルのオリジナルで、歌うテナーはドイル本人。【マン】 リチャード三世 Richard III ![]() 1955年 イギリス 155分 ローレンス・オリヴィエ監督・主演 ジョン・ギールグッド ラルフ・リチャードソン クレア・ブルーム アレック・クルーンズ セドリック・ハードウィック スタンリー・ベイカー パメラ・ブラウン マイケル・ガフ
リチャード三世 Richard III 見た目も醜く心もねじ曲がった悪党のリチャードに代わって手を汚す(幼い王子達までもその手にかける)暗殺者ティレルこそ、その名前からも明らかなようにアイルランド人。シェイクスピアがこの軽蔑すべき役どころをアイルランド人に押し付けたのも当時の世相だ。「ヘンリー5世」参照。時代を薔薇戦争からヒトラーの台頭を想起させる1940年代に設定し直したサスペンス・タッチのイアン・マッケレン版の方では、赤毛のエイドリアン・ダンバーが無口なティレルを演じて不気味だ。【マン】 マクベス Macbeth ![]() ![]() ![]() 1948年 アメリカ 89分 オーソン・ウェルズ監督・主演 ジャネット・ノーラン ダン・オハーリヒー エドガー・バリアー ロディ・マクドウォール ロバート・クート アースキン・サンフォード アラン・ナピエール ペギー・ウェッバー ジョン・ダークス
マクベス Macbeth スコットランドに過去実在したスコット人の王マクベス(在位1040〜57年)を悲劇的な悪役に仕立ててシェイクスピアがこの芝居を書いたのには、ピューリタン、カトリック双方から期待されてのスコットランド王ジェームズ・ステュワートの英国王即位(1603年)、その期待を裏切る火薬陰謀事件の発覚など、複雑な時代背景と、シェイクスピア自身カトリックだったのではという疑惑が絡んでいるが、ここでは省く。9世紀中頃、アイルランド北東部の部族ダルリアダ族の分家を先祖に持つスコット族の頭領ケネス・マッカルピンが、戦争と婚姻によって従来ピクト族のものだった土地ピクタヴィアの支配権をほぼ手中に収め、その土地はスコティア=スコットランド(だから本来の意味は「アイルランド人の国」)と呼ばれるようになった。ケネスの何代めかの子孫がGruoch(読み方がわからない)で、これが「マクベス夫人」だ。ケネスがピクト族の王女と結婚してその国を獲得したということは、ピクト族は女系相続だったということになる。この伝統はスコット王朝でも部分的に継承され、ケネス3世の孫娘Grouchの再婚相手となったマクベスが王位を継いで、10余年の「善政」を敷いた。この時代、陰謀と暗殺と王位さん奪はマクベスだけのことではなかった。どの王も同族の誰かの血で手を染めている。ポランスキーは臨月の妻、女優シャロン・テイトを自宅でチャールズ・マンソンをリーダーとするヒッピー集団に切り刻まれたあの忌まわしい事件から間もない時期に「マクベス」を撮っている。「もっと血だ」と彼は叫んだそうだ、「シャロンの流した血はこんなものじゃなかった」。特に3人の魔女のシーンの不気味さはただごとじゃない。もっともシャロン・テイト事件の前年(1968年)にはモダン・ホラーの傑作「ローズマリーの赤ちゃん」を撮ってもいるから、この監督の猟奇性は事件のせいばかりでもなさそうだ。(彼の父はポーランド人、母はユダヤ人で、彼自身も含めて一家は収容所送りになったナチス犠牲者。)いずれにせよオーソン・ウェルズの映画化があまりにもお粗末だったのに対し、ポランスキーの方は映像作品として成功している。「リア王」(ピーター・ブルック版の方)参照。即位するマクベスが裸足で石を踏み、楯の上に載って担ぎ上げられるシーンがある。この石は「スクーンの石」で、スコット人の王の即位の儀式に必要なものだったが、エドワード1世が1296年に奪ってロンドンに持ち帰った。「ブレイブハート」参照。それ以来石はウェストミンスター寺院の戴冠式用の玉座の下に据え付けられて、歴代の英国王(もちろんエリザベス2世女王も)が尻の下に敷いたが、1996年12月にスコットランドに返還された。(スコットランドの独立?英国の王制廃止?どちらかの可能性を示唆しているのだろうか。)この石は正当な王位継承者(王といっても統一王朝のではなく、部族同盟の盟主)がそれを踏むと叫び声を上げて知らせるという、古代アイルランドのファルの石(運命の石)と同じ役割のものだろう。石に深々と刺さって本人にしか抜くことのできなかったアーサー王の剣(「エクスカリバー」参照)も、多分同じ系統の伝説だ。【マン】 わらの犬 Straw Dogs ![]() ![]() 1971年 アメリカ 118分 R サム・ペキンパー監督 ダスティン・ホフマン スーザン・ジョージ ピーター・ヴォーン T・P・マッケンナ デヴィッド・ワーナー デル・ヘンネイ ジム・ノートン ドナルド・ウェブスター ケン・ハッチソン コリン・ウェランド 若いアメリカ人の数学者が静かで平和な環境を求めて、スコットランドの妻の故郷に移り住むが、その村はひどく閉鎖的。男達は狂暴でしかも女に飢えている。ペキンパーは例によって、よそ者に向けられるさしたる理由もない暴力と、それに対抗して平和主義者の内に目覚める暴力を描きたかっただけで、スコットランドだからどうのこうの、という理由はない。かなり田舎と思われるロケ地については、エンド・クレジットにはただ"the west of England"とだけ。イングランド西部を指すのか、イングランドの西、すなわちウェールズなのか、もっと西のアイルランドなのか不明。【マン】 必殺マグナム Murphy's Law 1986年 アメリカ 100分 R J・リー・トンプソン監督 チャールズ・ブロンソン キャスリーン・ウィルホイト キャリー・スノッドグレス ロバート・F・ライオンズ リチャード・ロマナス エンジェル・トンプキンズ ビル・ヘンダーソン ジェームズ・ルイジ ジャネット・マクラフラン ローレンス・ティアニー ベストセラー本「マーフィの法則」人気にあやかろうと無理に同じ名前をタイトルにしただけの、いじましいポリス・アクション映画。もっとも「俺が法律だ」みたいな警官根性はアイルランド系的ではある。逃げた女房を撃ち殺した容疑で逮捕された要領の悪い刑事ジャック・マーフィ(チャールズ・ブロンソン)が、ジャジャ馬の車泥棒常習犯アラベラ・マッギー(キャスリーン・ウィルホイト)を道連れに逃亡し、殺人嗜好の真犯人(これまた女性)と対決する。ブロンソンと「男の友情」を結ぶマッギーは「ストリート・オブ・ファイヤー」のマッコイにちょっとだけ似ている。【マン】 ローズマリーの赤ちゃん Rosemary's Baby 1968年 アメリカ 136分 R ロマン・ポランスキー監督 ミア・ファロウ ジョン・カサベテス ルース・ゴードン シドニー・ブラックマー モーリス・エヴァンズ ラルフ・ベラミー イライシャ・クック・Jr パッツィ・ケリー チャールズ・グローディン 「悪魔崇拝の霊媒師エイドリアン・マルカート、1846年グラスゴーに生まれ、幼少時にニューヨークに移住…」と、ミア・ファロウに送りつけられた本に書いてある。【マン】 フレッシュ・ゴードン2 Flesh Gordon Meets the Cosmic Cheerleaders ![]() 1989年 カナダ 101分 NC ハワード・ジーム監督 ヴィンス・マードッコ トニー・トラヴィス ロビン・ケリー ウィリアム・デニス・ハント ブルース・スコット モーガン・フォックス ディー・リュクス スティーヴィー・リン・レイ シャロン・ロウリー ブレア・カシーノ メリッサ・マウンズ マイケル・メトカフ ポコチン型ロケットで宇宙の危機を救う絶倫ヒーロー、フレッシュ・ゴードン。恋人デイルとマスカキ博士(Dr. Flexi Jerkoff)は、博士が発明したニワトリの交尾エネルギーを推進力にする宇宙船に乗り込み、チアガール星人に連れ去られたフレッシュの後を追う。見よ、マスカキ博士はタータン・チェックのタイツをはき、バグパイプ型のバッジを付けているぞ。くっだらなーい。【マン】 炎のランナー Chariots of Fire ![]() ![]() 1981年 イギリス 123分 ヒュー・ハドソン監督 ベン・クロス イアン・チャールソン ナイジェル・ハヴァーズ ニック・ファレル アリス・クーリッジ シェリル・キャンベル イアン・ホルム ジョン・ギールグッド リンゼイ・アンダーソン パトリック・マギー ナイジェル・ダヴェンポート デニス・クリストファー ブラッド・デイヴィス さすがイギリス、何とも複雑に捻じ曲がった映画を作ったものだ。製作はデヴィッド・パットナムで、この後スコットランド人に「ローカル・ヒーロー」を、北アイルランド人に「キャル」を撮らせる。佐藤唯行『英国ユダヤ人』(講談社選書メチエ46)によると近世以後の英国では英国経済に貢献し得るユダヤ人はそう悪い扱いは受けていないというのだが、それは経済史・法制度史学者の見解だろう。主人公ハロルド・エイブラハムズ(ベン・クロス)は、父はリトアニアから亡命して一代で財を築いて上流階級入りを果たし、兄は権威ある医師、本人は兵役除隊後弁護士を志してケンブリッジに入学する。オペレッタ部に所属したが奇跡のスプリンターでもあった彼は、ユダヤ人であることの屈辱をバネに、アマチュアリズムを潔しとする大学当局と対立してまでイタリア系しかもアラブ人とのハーフのマサビーニ(イアン・ホルム)をコーチとして雇い、勝つことだけを目的にトレーニングを積む。在学中の1924年、パリ・オリンピックの100メートル走で英国に金メダルをもたらして面目を保ち、1978年にその生涯を閉じるまで英国陸上界に多大な影響を及ぼした実在の人物だ。もうひとりの主人公、同じパリ・オリンピックの400メートル走優勝者エリック・リッデル(イアン・チャールソン)について記述したものを見たことはないが、映画によると彼は宣教師だった父の赴任地中国で生まれ、エジンバラで高等教育を終え、中国宣教の志しに燃えていた。速い足は神からの授かりもの、走ることで神の栄光を示そうと、自己流の走法で国際競技(スコットランド対アイルランド、スコットランド対フランス等)を勝ち進んでオリンピックの代表選手に選ばれる。福音主義だという以外、彼の所属教団について映画ではわからないが、予選が日曜日なので、安息日を厳格に守ろうとする彼は、フランスに頭を下げて日程変更を頼むことなどできないとする英国選手団長の説得に関わらず出場中止を主張する。ここで国家が個人の信仰を踏みにじることが許されるか、国王の法は神の法に優先するか激論が繰り広げられる。(王権神授説に立ち、国王を最高権威として戴く英国国教会では、理論的には国王の法が絶対。)臨席していた皇太子(後のジョージ6世)の機転で出場種目を100メートルから400メートルに変更する(このあたり実話か否かわからないが、いかにもイギリスらしい解決法だ)。もとよりリッデルはスコットランド人であって英国国教会に属さず、英国王を自分の王と仰いではいない。日曜日に予選出場のなくなった彼はパリ市内のスコットランド教会でイザヤ書40章を開いて説教をする。「主に望みをおく者は新たな力を得、鷲のように翼を張って昇る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」映画の原題「炎の戦車」は、英国国教会の賛美歌「エルサレム」の2番の歌詞だ。作詞は絵でも有名な神秘主義詩人ウィリアム・ブレイクで、(神の約束の都)エルサレムをイングランドの地に建設するまで我は戦い続ける、炎の弓矢を、槍を、戦車を我に与えよ、といった内容。映画のエンディングの直前、ユダヤ人エイブラハムズの英国国教会による追悼ミサのシーンで聖歌隊によって歌われるのがその歌だ。(私がこの歌を覚えたのはエマーソン・レイク&パーマーの「恐怖の頭脳改革」でだったけど。)知らぬ人のないテーマ曲を手がけたギリシャ人のヴァンゲリスは、他に「ブレードランナー」など、シンセサイザーによる映画音楽で当時一斉風靡した。【マン】 汚れた顔の天使 Angels with Dirty Faces ![]() 1938年 アメリカ 97分 マイケル・カーティス監督 ジェームズ・キャグニー パット・オブライエン ハンフリー・ボガート アン・シェリダン ジョージ・バンクロフト ビリー・ハロップ レオ・ゴーシー ハンツ・ホール ガブリエル・デル ボビー・ジョーダン バーナード・パンスリー ニューヨークの劣悪な環境で育ったロッキー・サリヴァン(ジェームズ・キャグニー)は凶悪なギャングに、ジェリー・コノリー(パット・オブライエン)は神父になる。不良少年達は街を牛耳るボスの一味を出し抜くロッキーに憧れ、犯罪を賛美するように。神父は親友ロッキーを敵に回して街にはびこる悪を告発する。少年達を救うため、死刑判決を受けたロッキーに神父は最期の頼みごとをする。「暗黒街の顔役」(1932年)もそうだが、ギャングがリアルタイムだったこの時期のギャング映画はギャングを娯楽の材料にしながら、巻頭や巻末に字幕を付け足して市や警察当局の腐敗を告発、連邦政府に何とかしろと訴える体裁のものが多い。【マン】 幼馴染みの少年2人、長じて、コノリーは神父に、サリヴァンはギャングとなる。死刑当日、サリヴァンは、コノリーの願いを聞き入れ、自分に憧れる少年たちが自分のような人生を歩むことのないよう、泣き叫び、往生際の悪い姿で電気椅子上の露と消えて行く。【Mustey Kurihallan】 邪魔者は殺せ Odd Man Out ![]() ![]() ![]() 1947年 イギリス 115分 キャロル・リード監督 ジェームズ・メイソン ロバート・ニュートン キャスリーン・ライアン ロバート・ビーティ シリル・キューザック F・J・マッコーミック ウィリアム・ハートネル フェイ・コンプトン デニス・オデイ ダン・オハーリヒー 冒頭に「この映画の舞台は北アイルランドだが、体制(law)と非合法組織の抗争の物語ではない」と断わり書きの字幕が入る。「非合法組織」(IRAのこと)の資金調達のために強盗に入り、重傷を負って仲間とはぐれたジェームズ・メイソンが夜のベルファストをあちこち逃げ回るサスペンス映画。今はもうどこにも走っていない2階建ての路面電車(トラム)が登場する。【マン】 リタと大学教授 Educating Rita ![]() ![]() 1983年 イギリス 110分 ルイス・ギルバート監督 マイケル・ケイン ジュリー・ウォルターズ マイケル・ウィリアムズ モーリーン・リップマン ジャネイン・クロウリー マルコム・ダグラス リヴァプールの美容師出身のウィリー・ラッセル(男)の自伝的舞台劇を彼自身の脚本で映画化したもので、舞台でも主役を演じて好評を博したジュリー・ウォルターズがゴールデングローブ賞を取った。「マイ・フェア・レディ」と同じようにアイルランド人バーナード・ショウの戯曲「ピグマリオン」を下敷きにしているが、ロマンチックだがお人形さん扱いの「マイ・フェア・レディ」より生き生きとしてエキサイティングだ。公開講座の受講生として凄い下町訛の美容師「リタ」が、飲んだくれの文学教授の所にやって来る。イギリスという階級社会で、高等教育を受ける然るべき階層の中に飛び込んだ労働者階級の女の「自分探し」が始まる。同時に彼女の純粋な向学心が、希望を無くして久しい中年教授にも変化をもたらす。彼女が勉強を始めたことで保守的労働者の夫との仲が壊れるなどの、ビターな味付けも効いている。そして何よりも映画全体に散りばめられた引用と文芸批評の数々が、文芸ファンにはたまらない魅力だろう。ロンドンで舞台を観た人の話ではスノッブ達に大受けだったそうだ。ストーリーはイギリスの地方都市を想定して展開する(リタの訛はリヴァプール訛だそうだ)が、実際にはダブリンのトリニティ・カレッジと同市内で撮られ、アイルランド人俳優が多数出演している。【マン】 ランボー First Blood ![]() 1982年 アメリカ 97分 R テッド・コッチェフ監督 シルヴェスター・スタローン リチャード・クレンナ ブライアン・デネヒー デヴィッド・カルーソー ジャック・スターレット この映画に限りマッチョという単語はスタローンのためでも、トラウトマン大佐役のリチャード・クレンナのためでもなく、保安官役のブライアン・デネヒーのためにあるようだ。ピーター・グリーナウェイの「建築家の腹」(シカゴ映画祭で男優賞受賞)のようなアート系の主演作もあるが、「シルバラード」や「推定無罪」のように憎まれ役それも小悪党の役が圧倒的に多い脇役俳優だ。「俺が法律だ」「俺の町は俺が守る」式の大見栄を切って、本人はスーパーマンでも何でもないくせに州兵動員の騒ぎをしり目に、最後にはランボーと一対一の決闘になって重傷を負う。ベトナム後遺症ものでありながらまるきりの西部劇、その中でもブライアン・デネヒーが一番男臭い。2、3作目はアメリカの最悪の部分が前面に出て何かと槍玉に挙げられるシリーズだが、唯一彼の登場する本作は見られる。舞台はオレゴン州かワシントン州、彼の役名もティーズルでアイルランド系のサインはない(北欧系か?)のだが、これはもう独断と偏見でアイルランド系ということにしてしまおう。【マン】
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