IRISH-ON-FILM INDEX


アンジェラの灰特集


R.I.P. Frank McCourt (1930-2009)

Angela's Ashes (1996)、'Tis (1999)、Teacher Man (2005) などの著者、ニューヨーク・ブルックリン生まれで、母の故郷アイルランドのリムリックで少年時代を過ごし、その後またニューヨークに戻ってきた学校教師、フランク・マコート氏が、メラノーマで2009年7月19日に亡くなったと、同21日の朝日新聞夕刊の小さな死亡記事で知りました。

かつて「アイルランド友の会」の寺尾淳さんの多大なご協力のもとに、当IRISH-ON-FILM INDEXも「アンジェラの灰」映画化(アラン・パーカー監督、1999年)の頃には、うわさ話や試写会レポートなどで盛り上がりました。ニューヨークとアイリッシュ・アメリカン(アイルランド系アメリカ人)にも興味津々のマンザキ個人的にも、土屋政雄さんの翻訳で新潮社から出た「アンジェラの灰」「アンジェラの祈り」('Tis)をむさぼるように読んだものです。近年ちょっと離れていたのですが、つい最近また思い立ち、遅ればせながらTeacher Manをアメリカのネット古書店に---それもどういうわけか著者が亡くなる前日の7月18日に注文したところでした。(右、8月4日に届きました。これ土屋政雄さん、また翻訳してくださると嬉しいな〜。)

アメリカの作家というと、日本からは縁遠い人物だったように思えても、マコート氏と直接会って言葉を交わしたことがある人もおられるでしょう。みんなで静かにマコート氏を偲びたいと思います。
---2009/7/21記す、【マンザキ】

「僕の灰をシャノン河に撒いてくれ。」これがマコート氏の最期のリクエストだったそうです。「Irish Central」該当記事のリンクを【nero】さんが教えてくださいました。---2009/7/26追記


アンジェラの灰 Angela's Ashes
1999年 アイルランド、アメリカ 145分 R
アラン・パーカー監督 ロバート・カーライル エミリー・ワトソン ジョゼフ・ブリーン キアラン・オーウェンズ マイケル・レッジ シェイン・マリー・コーコラン ロニー・マスターソン ポーリーン・マクリン リーアム・カーニー イーナ・マクリアム アンドリュー・ベネット(声)

アイルランド系アメリカ人フランク・マコート(写真はアイルランドの小さな俳優たちと一緒のマコート氏、アイルランド友の会および「アンジェラの灰」友の会の【寺尾淳】さん経由で、パラマウント米国本社からスチル写真の提供を受け、当サイトへの掲載を公式に許可された画像)のピューリッツァー受賞ベストセラー自伝の映画化で、当インデックスの「うわさ話」でも幾度か話題になった作品。フランク(ジョゼフ・ブリーン、キアラン・オーウェンズ、マイケル・レッジ)と弟マラキー(シェイン・マリー・コーコラン他)はニューヨーク・ブルックリンの生まれ。アメリカで食い詰めた家族はアイルランドに逆戻りするが、かつてアイルランド独立の闘士だったというアル中の父(ロバート・カーライル)は北アイルランドに戻るべき故郷がなく、一家は仕方なく母(エミリー・ワトソン)の故郷、共和国中西部の町リムリックに転がり込む。貧しさゆえのひもじさと、シャノンの川霧がもたらすたちの悪い寒さと、デヴァレラ政権とカトリック教会下での鬱々としたアイルランドの日々、フランク君の青春は大いに悔い有り。ダブリン、コーク、リムリック、コーヴその他の街路でロケ。アイルランド・ロケのことばかりがニュースとして伝わってきたが、変貌激しいブルックリンでのロケはなかった様子。弟のマラキー・マコートは後にアメリカで映画俳優になり、当インデックス掲載作品の幾つかにも出演している。【マン】

試写レポート1: 主人公の子供が子供でないようだ。出来た大人のように相手に対する思いやりの心がある。彼らは一家を支える立場にある父がその役目を果たさなくても正面からの非難をしない。それは、大好きな父を悲しませたくなかったから。物語のなかでは、フランク少年と弟たちはどんなに自分たちが飢えても、父親のことを恨んでも、愛する気持ちをやめたりしない。タイトルのアンジェラである母も状況を嘆いたり、稼ぎを飲んでしまう父親を非難したりするけれど、過去を振り返って、悲観したりはしない。どうやって生きていくか、そればかりを考え、必死に生きている。貧しくて靴が買えないフランクたちを、同級生たちは馬鹿にしたりする。はやしたりして。でもちょっと落ち込んだりもするけど、どん底になるほどでもない。やっぱりみんなおんなじような境遇だからだ。先生もとても厳しくて、鞭でぶたれたりする。でも心の中に悪魔がいるようなそんな人間はどこにもいないように感じた。みんながその日を生き延びるために一生懸命、嘘をついたり、ちょろまかしたり、されたり、そうやって、どっこい、生きている感じだった。それって、やっぱり普通のことだと思う。誰も聖人君子ではないし、超極悪人でない。ちょっとうそつきだったり、ちょっと良い人だったり。フランク少年が健気でもあり、ちょっとおかしくて、わらってしまうような日常の、貧しい生活は、泣き出したくなるような哀しさにあふれているわけではなかった。かなりお腹のすく、もう少し良い事があればな、と夢をみる余地のある(?)生活。こうしたちょっとしたエピソードに観客をすんなり入り込ませてしまう、作品はさすがだろう。演じた人間も自然に演じていて無理も無く良かった。ピューリッツア賞をもらった作品を映画化したものとしてではなく、映画として、素直にいい物だったと言える。きっと原作は映画とちがう魅力に溢れていることだろうな、と思わせるものがあった。【金子清佳】

試写レポート2: 悲惨度はある程度予想はしていましたが、蒸し暑く狭くジメジメして不衛生というのが映画を見た第一印象です。よって好印象とは言えません。そのような場所で幼年時代に兄弟が次々と病没して行くというのは、いくら貧困家庭とは言え悲惨の一言につきると思う。貧乏な不幸を長々見せられるのは苦痛だが、映画全体を暗くしていないのは後ろに流れる音楽だ。一貫して当時のアメリカのジャズが流れるので妙な明るさ力強さが感じられる。逆にこれが哀愁のアイリッシュミュージックだったら席を立っていたかもしれない。バックボーンはやっぱりカソリック教会の力で、厳しい先生が「キリストだって靴をはいていなかった」と貧乏をかばうところや、「愛を持てる人になりなさい」と諭してくれる神父など、救われるシーンが皆教会的だ。これらが貧困の中で唯一の救いになるのだが、この辺、ケン・ローチ監督作品に近い(日本人には理解が難しそうな)宗教的な「分からなさ」があると思う。ダメな父親役をロバート・カーライルが、「奇跡の海」のエミリー・ワトソンも根性入ったアイリッシュマザーを良く演じている。子役では最初の印象からジョー・ブリーンの不屈の目つきが可愛い。「もうこれ以上、兄弟やお父さんお母さんや叔父さん伯母さん○○先生なんかを箱に入れて土の中に埋めないでください」と祈るシーンはなかなか切なかった。但し、全体を通じて感じたのだが「泣ける」シーンというのは特に無かった様に思う。それはユーモアで包まれているからというより、全編に亘ってあまりリアルで切羽詰まっているからだろう。例えば、子供が次々死んで行くシーンなどはもう貧乏の悲惨さに呆然とするばかりだが、全員が必死に生きなければならない様を感じたら泣いている暇がないではないか。その位ジェットコースター式で次々と悲惨が襲いかかるのである。原作読んだら結構涙涙かもしれない。他にはシャノン河のゆったりとした眺め等当時のアイルランドの景色がアレンジされていて良い感じ。いざという時に気紛れな伯母さんや仕事で真っ黒になりながらも「楽しい歌歌え」と言うパット叔父さんも良いキャラクターでホッとさせられる。エンターテイメント第一主義の私としては楽しい映画とは決して言えませんが、「暗ければ暗いほど光は良く光る」という格言通り、人の本当の強さや優しさなんかを感じられる力のある映画ということは確かです。地元ではひどく書かれたという反発もあるらしい。題名と映画が一致しませんが続編で解決されるらしいです。【S杉山】

試写レポート3: パパ、アンタはどーして飲んじゃうんだよー!?何よりも家族のことを大切に思っているのに。この映画は貧乏苦にあえぎながらも確かな愛情で結ばれた家族の物語であり、フランク少年の成長記だ。食べる物も買えずに小さな子供たちが病死してしまっても父は給料も失業手当も家に入れずにパブへ向かってしまう。彼は祖国を愛しているのに、北アイルランドの出身ということで南の人たちになかなか受け入れられない。誇り高さがジャマをして仕事にも就けない。つらさをごまかすために、また飲む。貧困と、アイルランドの背景の複雑さと、少しの弱さから繰り返されてしまう不幸。ロバート・カーライルがそんな父親を悪役としてでなく、憎めない存在として演じたのは正解だ。(善人なだけに、「役立たず」と呼ばれるのはくやしい。)どんなにふがいなくても家族は父を愛している。そこがこの映画のひとつのポイントだろう。貧困と恵まれない生活環境の中のフランク少年を支えたのは、家族や教師、教会の神父などの「あたたかい愛情」、そして彼が強く憧れ、目標とする「アメリカ」だ。全体に画面が暗く、石畳に大雨の降るシーンが幾度となく「どしゃぶりの不幸」の象徴のように挟まれているのだが、周りでフランク少年に人生の指針を示し、愛情を与える人々はユニークであたたかいキャラクターとして登場している。そして少年から青年へ成長していく過程のエピソードが、ユーモアを交えながら楽しく描かれていることに救われる。フランク少年はチャーミングに、そしてしたたかに生き抜いた。過酷な逆境にあれど、おどろいたことに彼の中には(真の)憎悪や悪意がまるで存在しないのだ。原作を読んでいないので、正直言ってもっと悲惨な、精神的に救いのない「どん底」を見せつけられることと思っていた。ところが根底には絶えずあたたかい物が流れつづけているではないか。19才の青年となったフランクがアメリカに発つ前夜、誰もいなくなった月に照らされた路上に、幼年期、少年期の二人のフランクが現れる。そして青年フランクと無言で見つめ合う。今までの苦労をねぎらい、米国でもしっかりやれよ、というような強い視線。幼い頃のエピソードが魅力的なだけに、胸を打つ、そして神秘的で美しいシーンだ。生きる理由や人との関わりが希薄になっている現代に、フランク少年と家族の物語は優しい一石を投じてくれるだろう。【T-柴田】

(1997/8/22) 『アンジェラの灰』(Angela's Ashes)の映画化: アメリカでは映画化の契約がすでに締結されました。「身代金」のスコット・ルーディン、「コクーン」のデビッド・ブラウンの2人が100万ドル(1億1800万円/意外に少ない)で映画化権を獲得して共同プロデューサーになり、スタッフやキャストの選定に入っています。注目のお父さん役は、同じ北アイルランド出身のピアース・ブロズナンが最初に想定されましたが、アルコールで堕落していく役にしては美男子すぎるという理由で構想から外され、「クライング・ゲーム」のスティーブン・レイが選ばれた模様です。【寺尾淳】

(1998/2/23) 『アンジェラの灰』(Angela's Ashes)映画化についての第2報: 第1報をくださった【寺尾淳】さんの話では、母アンジェラの役にはアメリカの中堅女優ロージー・オドネルが決まったようです。

(1998/3/20) ダブリンの宮谷です。今日(3月19日)のIrish Timesにアラン・パーカーの短いインタビューが載っていたのでご報告します。僕は初耳だったのですが、アラン・パーカーが「アンジェラの灰」の監督をすることになったのですね。記事によると、アラン・パーカーは、ロケを是非ともアイルランドで行いたいと考えている。この件については現在交渉中で、話はほぼまとまりつつある。ただし、アイルランドのどこがロケ地となるかは未定(リムリックとは限らない)。今年の夏の終わりか秋のはじめに撮り始めたい。「子供の話なのでキャスティングはすごく難しい。主人公の少年は、年代に応じて3人の男の子が演じることになるだろう。父親と母親を誰が演じるかについてはまだ考えていない。」とのこと。また、「この映画は、中規模予算の映画になるだろう」とのこと。脚本は、フランク・マコート本人とLaura Jones(Henry Jamesの「The Portrait of Lady」、Peter Careyの「Oscar and Lucinda」の脚本を書いた人だそうです)。制作は、ハリウッドのParamount、Co-ProductionがPolyGram Filmed Entertainmentです。【みやたに】

(1998/8/10) ニューヨークのブルックリンで生まれ、お母さんの故郷アイルランドのリムリックに戻り極貧のうちに育った、かわいそうな子供フランク君---著者フランク・マコートの自伝でピュリッツァー賞受賞作“Angela's Ashes”の翻訳がついに出ました。土屋政雄氏の訳『アンジェラの灰』(新潮社)です。当インデックスでもお馴染みの【寺尾淳】さん、【高木邦夫】さんの両名が、翻訳家の土屋さんに詳細なリムリック情報を提供するなどでサポートしました。悲惨なのに笑ってしまう、1ページめからアイリッシュ・キーワード満載の本です。なお、映画化の方は、アラン・パーカー監督で、北アイルランド出身の飲んだくれのお父さん役には、当初伝えられたスティーヴン・レイではなく、ロバート・カーライルに決まったらしいという情報が【寺尾淳】さんから寄せられました。

(1998/9/15) 「アンジェラの灰」の映画の件ですが、パラマウントから公式発表がありました。公開は1999年の秋とアナウンスされています。タイトル:Angela's Ashes、監督:Alan Parker、主演男優:Robert Carlyle、主演女優:Emily Watson。こう並べるとオスカー狙いという感じ。オスカー取ってほしいです。他には何も書いてありません。主演女優のお母さん役はロージー・オドネルではなかったようです。「フル・モンティ」をビデオで見ましたが、ロバート・カーライルはやっぱりイメージに合わないです。スティーブン・レイ待望論者【寺尾淳】

(1998/10/4) Angela's Ashesが話題になっていたようですが、近く、この映画の撮影がCork近くであるようです。木曜の新聞に、10/19からCobhでクランクインすると書いてあります。Pearse SquareとLower Midleton Streetがこのために6 am- 6 pm閉鎖されます。それと、Corkでも一部撮影があります。10/14-18にBarrck Street, Fort Street, Gerald Griffin Streetが閉鎖されて撮影するとか。何日か前の新聞に、映画のスタッフがアイルランド中を探して、場所を決めたと書いてありました。その近辺の道を歩いた事がありますが、ごく普通の道にしか見えなかったけど、見るべき人が見ると、きっと違うんでしょうね。Corkのこの道はストーリーの中のLimerickのStep Lane(というのあります?)という道として使われるらしいです。(間違ってるかもしれません)【Kuni】

(1998/12/25)「アンジェラの灰」の作者Frank McCourtによるミュージカルがアメリカで上演され、そのオリジナルキャストのCDが出ています。"The Irish---and how they got that way"がそのタイトル、1997年にオフ・ブロードウエイで初演。内容は6人の出演者が30曲以上のお馴染みの民謡、流行り歌を歌いまくりながらアメリカへ移民したIrish-Americanの歴史をユーモアたっぷりに、皮肉たっぷりに演じるというもの。彼等に対する差別をテーマにした皮肉な台詞が多く聴けます。作者本人の語りも入っています。【野村雅之】

(1999/3/22)アカデミー賞の授賞式をBSで見ました。エミリー・ワトソンは主演女優賞を取れませんでしたが、来年はきっと「Angela's Ashes」で取ってくれるでしょう。<1999年度アカデミー賞>(仮想) 作品賞:Angela's Ashes 監督賞:アラン・パーカー ドラマ脚本賞:フランク・マコート ローラ・ジョーンズ 主演女優賞:エミリー・ワトソン 主演男優賞:ロバート・カーライル・・・となってほしいものですが、今年の作品賞が英国人監督の英国「Shakespeare in love」だったので、審査員が「英国物が取った翌年も英国人の監督で、アイルランドの舞台の映画では、アメリカ人としてはちょっといかんのではないかと思う」と考えないか、心配になってきました。【寺尾淳】

(2000/2/5) 海外出張の途中、リムリックで一番大きい映画館で、ご当地映画の「Angela's Ashes」を見ました。原作は「アイルランドやリムリックを事実以上に悪く描いている」「作者はアイルランドを捨ててアメリカを選んだ」とリムリック市民(特に年輩者)の反感を買ったように聞いていますが、天下のメジャー監督の映画ともなればリムリック市民も多少は浮き足立ったのか、ポスターも「私はもう見た」という人も多く、マチネー(昼の回で料金が安い)は満員で入れない回もあったようです。
映画にもしばしば出てくるパブ「W. J. South」の現オーナー、デヴィッド・ヒッキー氏の話を先に聞く機会があったのですが、リムリックの貧しい生活、子供達がガツガツと拾い食いするシーン等「大袈裟で90%はフィクションだが、10%は真実だ。映画としては良い出来だ」と言っていました。ちなみにヒッキー氏の話では、この大きなパブ、サウスはかつて、医者や弁護士のコーナー、学校教師や事務員のコーナー、労働者のコーナーのように職業別(はっきり言うと階級別)に入るべき場所があって、当時は壁とドアではっきり仕切られて(現在は壁とドアは撤去されている)、労働者用の部屋は裏口から出入りするようになっていたそうです。サウスというのは市の南にあるからではなく、人名で、そのあたりでも珍しい名前であり、そのサウスの最後の1人(女性)が郊外に住んでいるはずだが、現消息はヒッキー氏も知らないということでした。
さて映画は開巻まず、雨に煙る橋と城跡を遠景にシャノン川の濁流というリムリックの象徴的風景、そして土砂降りの裏通りが映されると、大半が実際のリムリック市民の座席からは一斉にクスクスと笑い声が。(東京の人間が30年前の「007は二度死ぬ」を見た時のような感じかも。)1930〜40年代の話なので、音楽は一貫してラジオから流れるジャズですが、時々酔っぱらった父親(ロバート・カーライル)が調子外れに歌うアイルランドの伝統的抵抗歌の悲しさが、ジャズの流れの中で際立ち、観客に媚びない音楽の使い方にアラン・パーカーの持ち味が出ていると思いました。映画の途中で時々ヒソヒソ話をする女性が近くの席にいたのですが、その人のアクセントやイントネーションが映画の中のカーライル(ベルファスト出身という不遇の役)そっくりで、後で聞けば彼女は実際ベルファストの出身だそうです。
映画も長いですが原作は更に長く、映画化に当たってははしょり過ぎの部分もあり、子役の熱演に頼りすぎで、「ザ・コミットメンツ」で我々を大いに興奮させたアラン・パーカーとしては凡庸な出来と言わざるをえないかも。「アンジェラの灰」友の会の【寺尾淳】さんの情報では、リチャード・ハリス(1932年リムリック生まれ)がこの映画を口汚くののしっているとか。もっともリチャード・ハリスは一説に無口で偏屈、「類猿人ターザン」で最悪助演男優賞にノミネートされたこともあり、監督やプロデューサーともよく喧嘩するので有名ですから。
出張の最後に立ち寄ったロンドンでも、映画興行の中心レスタースクエアで一番大きなオデオン劇場に巨大な絵看板が架かり、冷雨の中にも行列して盛況でした。ロンドンとダブリン両市にある大型書店ウォーターストーンズのショーウィンドウは、フランク・マコートの新刊「'Tis」とともに、表紙を一新して再刊された「アンジェラの灰」で埋め尽くされていました。その新しい表紙というのが映画ポスターと同じ、幼いフランク君(ジョー・ブリーン)のシビアな顔写真なのです。【マン】

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